2007.08.29 (Wed)
農村力デザイン大学(2):トトロの世界に出てきそうな田園風景が・・・

上記の写真でもお分かりのように、池田の地区の看板は全て能を舞っています。ここ池田町は日本でも有名な能楽の里です。この看板もバックの空の青さとのコントラストで、本当に踊っているように見えませんか?
東俣(ひがしまた)の集落センターに集合して、この地区の基本的な情報や集落農業の実際を聞きます。

その後、ひまわり畑を横目に、現場を見て回ります。

下の写真など、農村の原風景そのものだと思いませんか?今の日本の水田のほとんどが土地改良や区画整理で道路はアスファルト、あぜ道はコンクリートです。こんなS字の農道にふぞろいな田園風景。まるでトトロに出てきた田舎のようです。

用水の手入れも行き届いていて、水がとてもきれいです。こんな澄んだ水だからこそ、おいしいお米になるのでしょうね。

残念ながら、この集落は今大きな問題に直面しています。産業廃棄物処分場の設置です。現在のところ不許可処分ということで、処分場建設とは至っていませんが、もし設置されたら水質や環境の汚染が心配だといいます。

この美しく豊かな自然をずっと守っていきたいですよね。

英語上達への近道→英脳人間への道
2007.08.27 (Mon)
農村力デザイン大学(1):農と自分達の生活、そして世界について

いよいよ、農村力デザイン大学(第3期目)が始まりました。今回は金曜日からということで、本当は仕事を休んで金曜日から参加の予定だったのですが、諸事情により金曜日は仕事に・・・遅れて参加のデザ大スタートです。
8月の講義初日は「グローバル化が農を直撃する」と題して、大野和興さんをお迎えし、世界の農業のグローバル化やその影響を受ける日本の農業について講演をしていただきました。講義は仕事のせいで遅刻したこともあり、後半部分しか聞けずに残念でしたが、種の支配やトレーサビリティーの矛盾についてなど、様々な視点から、現在の農政の問題点を明らかにしていただきました。
あまりかっこいいことは書けないので、気になったキーワードを書き留めると・・・
- 私有と総有:入会を取り戻す=>土地は広さではない、重ねた年
- 農業は「業」の部分(つまりお金)も大事。だが、業の稼ぎ方が問題
- 今の農業は効率の追求。一回あたりの収穫量を最大に
- そうすると、農薬も肥料も多くなる
- 農家の貯蓄=>JA=>農業中金=>米国債=>戦争資金?
- 企業への農地貸付解禁=>これがもたらす弊害
- 農地の株券化
上記は私が気になった言葉であり、全てではないのでご注意を・・・
で、あまのじゃくな私はあえて議論を沸かせるために、「農地の企業解放はいいのではないか?」という論点を提示してみました。大学というからには、ちょっと議論があった方が面白いと考えたからです。
提示:農地の企業化は受け入れるべき
理由1:海外との事情の違い
タイなどの例と違い、農民は土地が欲しくても農業できないのではなく、土地があるが、したくないと思っている。(圧倒的に兼業の多い私の住んでいる大稲作地帯を例に出して・・・)
理由2:農業従事者の高齢化の問題
農業従事者が高齢化、兼業化が進み、あとを継ぐ人間がいない。このままでは、農地はますます荒れ果てる?または売られて資材置き場?
理由3:米の品質低下
やる気もなく、JAが出せば買ってくれる状態、土地を守るだけの農業。農家が米の品質を上げようとしなくなる。米作りもJAの言うがまま。
上記の3点の理由から、無農薬農業ならぬ無能力農業になってしまうのでは?という問題提起をしてみました。(英語でいうところの「Pros and Cons」というやつですね。^^;)
以前も書いていますが、日本の農業は1次産業ではなく、限りなく工業製品に近い1.8次産業になっているのではないか、というのが私の感想で、この1.8次を2次産業化してしまうのか、それとも、1次産業に戻していくのか、このような選択を迫られているのが今ではないかと思います。
もちろん、議論のために、農地の企業貸付賛成なんていう提示をしたわけですが、自分の思いは別のところにありますので、念のため。
と、理屈ばかり書きましたが、、、農村力デザイン大学の楽しみは食事でもあります。飾らないあたりまえの料理ですが、残念ながら、日々の生活を見直してみると、こんな料理からはすっかり縁遠くなっている自分達に気が付かされます。

農村力デザイン大学のもうひとつの楽しみは、なんと早起きしての散歩。普段の自分では考えられませんが、ここにくると早く寝るせいか、早く目が覚めます。コムニタ(宿泊施設)の前を流れる川づたいに、あちこち散策すると本当に美しい景色に目を奪われます。

日が昇る瞬間、空がまぶしく、山との境目が際立ちます。

池田といえば、かずら橋というつり橋が有名ですが、それ以外にもつり橋があります。川沿いを歩いてみるのもリラックスできておすすめです。

英語上達への近道→英脳人間への道
2007.04.18 (Wed)
デザイン大学で学ぶ、食の大切さ(その2)

農村力デザイン大学の二日目。

囲炉裏にはまだ昨日の火が残っていました。灰をかけておくと火だねが残るようです。勉強になりました。
実は、珍しく早起きをしてしまい、朝食前にブラブラと一人で1時間ほど散歩をしていたのです。森林浴というのではないですが、環境のいいところで、歩くというのは気持ちがいいもの。
また、早朝のいい景色を写真に収めることができたので、後日、きれいに整理して公開したいと思います。
朝食は、、、
英語上達への近道→英脳人間への道
2007.04.16 (Mon)
デザイン大学で学ぶ、食の大切さ

久しぶりに農村力デザイン大学に参加しました。宿泊での参加は、昨年11月に参加して以来です。

ここでの楽しみは、授業もそうですが、それ以上に宿泊所となる「コムニタ」でのご飯。毎回、おぉ、、、と感動を与えてくれる夕食に出あえます。ということで、今回は夕食から紹介(^^;

今回は、池田の山菜づくし。午前から参加していたメンバーたちは、実際に山に入り、山菜を取ってきたとのこと。子どものころはあまり好きでなかった山菜ですが、この歳になると嬉しくなるのは不思議ですね。

下の写真は山菜の天ぷら。

そして、欠かせないのはお酒?(笑)
池田のお酒「冠泉」もおいしく頂きましたが、ワインも・・・結局何でもいいのかぁ(^^;

このデザイン大学の楽しみは夕食後にみんなで囲む囲炉裏。以前もコンニャク作りの時に囲炉裏の話題を書きましたが、囲炉裏がある家というのはほとんど見ることができなくなりました。自分の家に囲炉裏があると、いいなぁ、、、とは思うのですが、現実は難しいですね。昔はどこの家庭にも囲炉裏があって、こうやって家族そろって団欒のひと時を過ごしてきたのだと思います。日本が誇る鍋文化も、囲炉裏なくしては語れないのかもしれません。日本人は便利なものと引き換えにいろんなものを捨ててきたのでしょうね。。。こんなことを感じさせてくれるのも、デザイン大学のお勉強の一環なのです。

夕食だけでは飽き足らず、お餅をほおばる私でした。囲炉裏の上では生のしいたけが焼かれています。しょうゆ以外に何の味付けもしていませんが、最高の贅沢品ですね。

明日は2日目の様子。授業のことも書きたいと思います(^^;
英語上達への近道→英脳人間への道
2007.02.22 (Thu)
日本から集落が消える?
調査は、現在、国が中心になって策定している国土形成計画に反映するために実施されたものらしく、過疎地域に指定されている775市町村を対象に集落の将来予測についてアンケートを行ったものだそうです。
一定の範囲に住宅が数戸まとまった、いわゆる「集落」(町内会)は全国で62271あるそうで、そのうちの4%以上が消えていきます。
実は、アメリカに住んでいたころは、日本も欧米のように、人が手を施さない自然の地域と住居部をきっちり分けて、自然環境など守るべきところは守り、都市環境など効率化できるところはしっかり効率化すべき、という合理的な考えでした。そういう理屈からいえば、少人数しか住んでいない農村集落等は非効率な存在であり、なくなることが理想ということになります。
しかし、昨年から農村力デザイン大学に参加したり、日本の農山村が日本の自然に与えてきたプラスの面での影響等を学んでからは、先ほどのような効率主義の考え方は180度転換してしまいました。
以前もデザイン大学のことで書きましたが、豊かな自然や森、山にもいろいろなタイプがあり、日本の自然というのは、人が手を入れることで豊かになり守られてきました。植物や生物の種類が日本の森や平野に豊富なのも人が耕した田畑があるためで、日本で水稲をしていなければ赤トンボはこんなにいないとも言われています。もちろん、手入れのされていない森にもセミやカブトムシは少ないです。
結局、何が言いたいかといえば、この調査の結果、集落が消滅するということは、これまで森や田畑を守ってきた、そして、この日本の豊かな自然を作り上げてきた集落がなくなる、もしくは、機能低下することを意味しているのであり、「集落の消滅=日本の自然の荒廃」につながっていくのではないかという危機感でもあります。
それだけでなく、そこに伝わる伝統行事の数々や風習など、我々の貴重な文化資産も消えていきます。言い古された言葉になってしまいますが、戦後、高度成長期、バブルを経て、私たちは効率性ばかりを追い求め、農山村(漁村もですね。)の果たしてきた役割を軽視してきました。そのツケが今我々の肩に重くのしかかってきているような気がします。表面的には、少子高齢化による労働力の損失や医療負担の増加ばかりがクローズアップされていますが、最終的には日本の国土全体の自然環境の機能不全にまでつながるのではないかと本当に心配になります。
私が池田でやっている農村力デザイン大学で学んだことの最終的な成果はこういうことなのかと勝手に思っているのですが、、、最近、用事が重なり参加できていません。4月にはいよいよ最終講義ということで、なんとか参加できるようにがんばりたいですね。
テーマ : 教育問題について考える - ジャンル : 学校・教育
英語上達への近道→英脳人間への道
2007.01.13 (Sat)
コーヒーフレッシュは本当にフレッシュ?
もうかなり有名な話になってしまいましたが、あのクリームみたいに見えている白い液体はミルク成分などではなく、「サラダオイル」だということ。正確には植物油脂成分なのでしょうか。
また、混ざりやすくするために「乳化剤」が使われています。これは界面活性剤の一種とか。確かにきれいに混ざります。中には乳製品であることを表示するために「脱脂粉乳」が混ぜられていることがあるようですが、これってなんか詐欺みたいな感じがします。
食品には知らないことがたくさんあって、この時代、一つ一つ気にしていたら食べられるものなんてなくなってしまうのでしょうが、たまにふと立ち止まり、成分一覧をじっくり見つめてみるのもいいのかもしれません。
ですが、専門家に言わせると、日本の成分一覧表示はまだまだだそうで、そこに現れてこない成分や別の表記でわからなくなっているものもたくさんあるそうです。ん、、、難しいですね。
まぁ、意思の弱い私は、すぐに忘れてまた食べちゃうんですけどね。
興味のある方は下の情報をどうぞ。
http://www.mynewsjapan.com/kobetsu.jsp?sn=428
英語上達への近道→英脳人間への道
2006.12.03 (Sun)
子供と二人で池田でコンニャクづくり
案内のカリキュラムはたくあん作りだったのですが、コンニャク作りに変更になっていました。
会場はちょっと遠くて、池田でも更に南の方(魚見だったかな?)。ここに「こんにゃく道場」という施設があります。ちょっと遅れてついたのですが、隣の木工のアトリエ前で記念撮影。

すぐに建物にはいりました。子供と参加ということを事前に伝えてなかったのですが、皆さん暖かくむかえてくれて子供も大喜び。でも、ちょっとご迷惑だったでしょうか。バイリンガルで子育てしていることは皆さんにお話していたので、英語で話していてもそれほど驚かれず、むしろ子供の流暢な福井弁に圧倒されてました(?)
私もコンニャク作りを見るのは初めてです。わかってはいるのですが、コンニャクが芋からできているということを改めて再認識しました。
下の写真のコンニャク芋が、、、

↓一生懸命コネコネ・・・粘土で遊んでるかんじでしょうか?

↓十分に練りあがったものを型に詰め込みます。

このとき空気がなるべく入らないように。手でスムーズにして形を整えます。↓

↓型から上手に抜いて水につけたものを茹で上げると・・・

↓は越前そばではありません。コンニャクです。生姜醤油で食べましたがとってもいいお味!

その後、市販されているコンニャク栽培の実態などのお話が・・・実際にそのように作られているコンニャクが健康食品なのか、という議論にもなりますが、群馬から参加されている方もいて、説得力が増します。
■ファームハウス・コムニタで囲炉裏(いろり)発見
コムニタは一度子供をつれてきたかったのです。囲炉裏があるので、子供に見せてやりたかったのですが、囲炉裏を説明するのが難しかったですね。
「fireplace」や「hearth」という言葉もありますが、微妙に違う気がしますし。

このコムニタが農村力デザイン大学の宿泊所になっているのですが、いろんな体験学習もできるので、また、子供をつれて来たいと思ってます。食育という言葉が流行っていますが、こういうように体験できると、子供も食について理解が深まるのかもしれません。

ですが、それ以上に、最近子供と一緒の時間がなかっただけに貴重な休日でした。(本当はとまりたかったんだけどなぁ、、、)
テーマ : ロハス&エコロジーライフ - ジャンル : ライフ
英語上達への近道→英脳人間への道
2006.11.20 (Mon)
我が家の農業、日本の農業は工業製品?
でも、農業というと普通は自然が一杯で・・・なんて思っていませんか?
良く考えてみてください。田んぼって自然物でしょうか?これは前々から思っていたことで、日本の農業というのはある意味工業だと思います。農林水産省の国策で農地整備(土地改良)がされて、田んぼの下には排水用のパイプが一杯走ってます。水路もしっかり管理されていて、水の必要な時期になると用水路には水が張り巡らされて、それが各田んぼに広がっていきます。
ある意味、人工的なフィールドでメカニカルに育てられた作物を食べているわけで、栽培物の野菜も全て同じですよね。これは江戸時代やもっとさかのぼって稲作栽培を始めた弥生時代に至るまで、変わっていません。
結局、自分達が自然だと思っていたものは自然ではないことになります。
先日行った、農村力デザイン大学で講師の宇根豊さんがおっしゃっていましたが、日本のトンボの99%が田んぼから生まれるということ。そして、田んぼは自然物ではなく、人が作ったもの。田んぼがないとトンボも育たないということ。
手入れされていない山にはクワガタやカブトムシが少ないということ。要するに、日本の豊かな自然(と思っていたもの)は実は田んぼ(水稲)によって支えられていたということ。
我が家の食卓の壁に「ご飯1杯で●●何匹」というようなポスターがはってありました。最初は意味がわかりませんでしたが、このポスターの原案はこの宇根豊さんが作られたとのこと。つまり、茶碗一杯のご飯を食べることで、そこに派生する田んぼの生き物を育てることに繋がる、、、ちょっと説明がうまくできませんが、、、そういうことなのです。こちらにその写真があります(参加の生徒さんのブログです)。デザイン大学のことも詳細にかかれてます。
この話はもっといい話なので、別の機会に書くことにして、要するに、今日私が思ったのは、その自然でないことのレベルがどんどんエスカレートして、稲作がだんだんと工業製品化しているような気がしています。
品種改良を重ね、農薬や化学肥料をやり、メカニカルに土地改良された田んぼで、システマティックな稲作をしている。
そういえば、この辺りのあぜ道はコンクリートが多くなってきたような気がします(幸い、我が家のあぜ道は土のところも多く残ってますが。)。これが日本の農業の現状なのでしょうね。
ちなみに、最近、我が家は家庭菜園の畑を大幅に増やして、ビニールハウスまで建てて野菜作りに励んでます(じいちゃん、ばあちゃんですが)。おかげで、食卓には季節の新鮮な野菜がたくさん並びます。なかなか恵まれた環境ですよね。
下の写真は、先日我が家の田んぼの脇で見つけた干し柿。こういう風景も最近では見なくなりましたね。

↑の写真を紹介したかっただけなのですが、話が変な方向にいっちゃいましたね。
英語上達への近道→英脳人間への道





